『歌集 小さな抵抗』渡部良三

 —— 殺戮を拒んだ日本兵(岩波現代文庫:2011年)より抜き書き

 昭和18年10月に明治神宮外苑で行われた学徒出陣壮行会に参加して、中国河北省の戦線に送られた渡部良三はキリスト教信者であった。中国戦線では(7年前の日中戦争から)当初より捕虜を殺すことが常態化し、新兵には戦場に適応させるための度胸試しとして、まず捉えた捕虜だけでなく反日的と疑われた民間人を銃剣の剣先で突き殺す訓練をさせた。その中で渡部は頑として上官の命令を拒絶したが、そのために上官から毎日激しいリンチを受けた。歌人でもあった渡部は、その陰で約700首の歌を詠んだ。渡部は敗戦後ほどなく復員することができたが、それまで書き取った歌を隠し続け,復員に際しては軍服に縫いこむことで日本に持ち帰ることができた。その後国家公務員となって勤め上げ、39年以上が経過してから整理し、この歌集を上梓した。なお捕虜虐殺でよく取り上げられる南京虐殺事件は昭和12年のことであり、その後も虐殺は日常化していたことがわかる。

捕虜虐殺

<捕虜を殺し肝玉もてとう一言に 飯はむ兵の箸音止みぬ>
<演習に殺人あるとは知らざりき 聞きし噂はまことなるらし>
<いかがなる理(ことわり)にことよせて演習に 罪明からぬ捕虜殺すとや>
<朝飯(あさいい)を食(は)みつつ助教は諭したり「捕虜突殺し肝玉をもて」>
<人殺し笑(え)まいつくろう教官 親族おもえば背の冷え来ぬ>
<祈れども踏むべき道は唯ひとつ殺さぬことと心決めたり>
<血と人膏(あぶら)まじり合いたる臭いする 刺突銃はいま我が手に渡る>
<鳴りとよむ大いなる者の声きこゆ 「虐殺こばめ生命を賭よ」>
<刺し殺す捕虜の数など案ずるな 言葉みじかし「ましくらに突け」>
<人殺し胸張る将は天皇(すめろぎ)の 稜威(いつ)を説きたるわれの教官
<殺人演習(さつじん)の先手(さきて)になえる戦友も 人なればかも気合かするる>
<いのち乞わず八路の捕虜は塚穴の ふちに立ちたりすくと無言に>
(注:八路は中国軍の一つのゲリラ隊)
<「捕虜ひとり殺せぬ奴に何ができる」むなぐら掴むののしり激し>
<縛らるる捕虜も殺せぬ意気地なし 国賊なりとつばをあびさる>
<鍬に付くへどろのごとし血とあぶら 赤黒くして鍔に凝れり>
<むごたらしき殺しを強いし教官に 衛兵捧ぐる礼(いや)のむなしさ>
<驚きも侮りもありて戦友らの目 われに集まる殺し拒めば>
<生命乞う母ごの叫び消えしとき 凛と響きぬ捕虜の「没有法子!(しかたがない!)>
<きわやかに目かくし拒む八路あり 死に処も殺す人も見むとや>
<ましくしの寝床(ねど)に息吐き怯えいる 捕虜殺さざる安さあるとも>
<新兵らみな殺人に馴れてきたるらし 徐ろなれど気合い強まる>

拷問

<水責めに腫れたる腹を足に蹴る 古兵の面のこともなげなり> 
<ひとり冷め拷問する兵の面を見る 人形(ひとがた)なせる獣とも見ゆ>
<拷問とう禍事(まがごと)に果つる密偵に なすすべもてぬ著(しる)きわが罪>
<きわやかに国のゆく末ことほぎて 女スパイの首ついに垂る>

戦友逃亡

<戦友の「岡部」をみざり黄塵の朝の点呼に逃亡と決まる>
<逃亡兵岡部も農の子なりしか 麦畝踏まぬ心残せり>
<「戦友よ、しっかりと逃げよ」さがすべく 隊列組みつつ祈る兵あり>
<逃げおおせ逃げのび行けよ地の果てに 兵の道などとるに足らね<>
<天皇(すめらぎ)の兵を捨てしは逃亡ならず 自由への船出と言いてやりたし>

その逮捕

<逃げのびよにげおおせよのわが祈り 戦友(とも)にみのらず逮捕(とらわれ)はてぬ>
<幾夜々を野に伏し怯え寝ねたるや 運命(さだめ)の女神戦友にたたざり>
<穏(おだ)しくて言葉少なき戦友なりき「営倉」なれば逢うもならざり>

リンチ

<血を吐くも呑むもならざり殴られて 口に溜(たま)るを耐えて直立不動>
<かほどまで激しき痛みを知らざりき 巻きゲートルに打たれつづけて>
<私刑うけゆがむわが面(も)にしらじらし 今朝の教官理由(わけ)を問いたり>
<後の日のそしりを恐れ戦友らみな 虐殺拒みしわれに素気なし>
<眼(まなこ)とじ一突きすれば済むものを 汝の愚直さよとう衛生兵なり>
<「不忠者の二等兵」われに課せらるる 任務(つとめ)は常に戦友よりきびし>
<口腔腫れてさ湯もふくめぬわが前に 戦友らうまげに味噌汁を食む>
<死ぬものか リンチを受けて果てんには 小さき命も軽からぬなり>

村にて

(渡部の存在は、中国東魏家橋鎮の村人たちに知られることになった)

<むごき殺し拒める新兵(へい)の知れたるや「渡部(トウベイ)」を呼ぶ声のふえつつ>
<小さな村の辻をし行けばもの言わず梨さしだす老にめぐりぬ>
<柔らかにもえ立つ春の陽だまりの村人の微笑(えみ)に救い覚えつ>

軍隊生活

<肉刺(マメ)破れまめの中の肉刺も形なし六粁(キロ)行軍三日つづきて>
<夜間行軍にむさぼり眠る小休止 新兵互にからだつなぎて>
<戦友ひとり半身のむくろになり果てぬ まわりは血肉に染る驚き>
<事実(こと)を曲げ戦死謳(うた)うも諾(うべな)わぬ 兵らは黙す理(わり)もただせず>(擲弾筒爆発事故で死んだ兵士の死因を立派な戦死とすることに対して)
<擲弾筒炸裂事故死の補充要員虐殺(ころし)こばみしわれの名指さる>
<かすめうばい女(おみな)を犯し焼き払うおごる古兵も「赤子」とうかや>
<「尽忠奉公慰安婦来たる」の貼紙を見つつ戦友等にならわぬひとり>
<兵等みな階級順に列をなす浅ましきかな慰安婦を求(と)め>

戦場で

<儘滅作戦に潰えたる村に抵抗(あらがい)なし 月のみさびし冴えとおりつつ>
<村は燃ゆ火の海(み)のさまに際涯(はたて)なし いずくに眠る支那の農らは>
<家焼かれ住処(すみか)のありや広き国 支那とはいえど貧しき農等>
<三光の余(ま)りに凄(さむ)しきしわざなり 叫び呻きの耳朶(みみ)より消えず>
(注:三光は中国で「殺す(殺光)、掠奪(槍光)、焼く(焼光)」をいう)
<楽し気に強姦(おかし)を語る古兵いま 八路の狙撃に両脚うち貫かる>
<弾丸(たま)の音ひたと絶えたるたまゆらの静寂(しじま)に戦友の呻き重かり>
<小さき村ひとつを攻略(とり)て戦闘(たたかい)は漸く終えぬ戦死二百五十名>
<弾丸(たま)はきれ米すでになし傍らの戦友がくれたる乾パンの屑>
<「死」に怯え思想も信仰(シン)もあとかたなし ひと日のいのち延びし安らぎ>
<戦場(いくさば)に生命惜しむは蔑(なみ)さるる 在り処(ど)と知れど生きて還りたし>
<大塚の思想を説きし古兵も死す 朝毎おもう今日はわれかと>
(注:大塚の思想=大塚久雄の反戦思想)
<これほどの数多若きを死なしむる 権力(ちから)とはなに国家とはなに>
<戦友の死を日日(にちにち)みつつわがこころ 誰を呪うべき天皇か大臣か部隊長か>
<傷つきて喘ぎつつなお吐く息に 抗日叫ぶ若き八路よ>
<生きのびよ獣にならず生きて帰れ この酷きこと言い伝うべく>
<人をして獣にするは軍(いくさ)という 智慧なきやからうごめける世ぞ>
<若きらを数多死なしめ戦闘(たたかい)に勝利をのぶる言(こと)の空しさ>
<飢え死か凍て死か知らね天津の やちまたゆけば軀(むくろ)ころがる>

動員

<いつわりて暴虐(あらび)を強いて傲り果て「聖戦」という新語つくれり>
<大臣の東條英機は自(おの)が子ろを 軍に置けども征旅(たび)はとらせず>
<ますらおの賞め言いらぬねがわくば 人を籬(まがき)の戦争(いくさ)を止めよ>
<雨しまく神宮広場を学徒兵 声ひとつなく歩を揃えゆく>
<かけがえの無きものいまし捨てんとす 滅亡(ほろび)の道と知りつつもなお>
<征くのみに帰還(かえる)ものなき戦争時代(いくさどき)われはもついに兵ならましか>
<「神在(ま)さば征旅(たび)にも守りありぬべし」宣(のたも)う母は目見(まみ)伏しまま>

駐屯部隊に配属

<新しき軍靴は土に塗(まぶ)されて新兵(へい)等の小さきかなしみを増す>
<一挺の銃すら持たぬ新兵(へい)の群れ 河北に立ちぬ幼顔して>
<新兵の鈍き足音地に吸われ 薄日の中に民衆(ひと)の姿(かげ)なし>
<戦争(たたかい)は日日傾くか頬紅き十六歳も河南にきたる>

敗戦

<「聖戦」の旗印(しるし)かかげて罪もなき 人死なしめし報いきたりぬ>
<戦友(とも)らより疾(と)く敗戦知りし通信兵(へい)安さかこもつ口に出ださず
<電文は敗戦のうつつ否むがに「終戦」という新語につづる>
<復員の見込みを問いし士官いま 戦犯指名にひかれゆきたり>
<戦犯指名を恐るるならむ強姦(おか)せしを 誇りいし古兵(へい)は口を閉ざしつ>
<敗残の日匪(にっぴ)おとなう郷長の 心ひろきに額(ぬか)深く垂る
「再見(ツァイチェン)」「渡部(トウベエ)」を連呼し、しばらく添い走った。
<徐州市ゆ復員列車に乗る日来ぬ 子等の走り出で「再見(ツァイチェン)!」「渡部(トウベエ)!」>(面倒を見た子供たちの別れを惜しむ姿)
<再見(ツァイチェン)の続けさまなる声きけばわけの分らぬ涙あふれ>
<駅ごとにとまる列車にあびさるる ののしりさげすむ言のきびしき>
<口ぶりはいささ変わるも士官等の面に傲りはなお著(しる)く見ゆ>
<北支派遣の総大将はとうのはて 逃げ帰りしか噂広まる>
<強いられし傷み残れど侵略を なしたる民族(たみ)のひとりぞわれは

復員

<権力(ちから)もて時代(とき)の青春剥ぎとりし この祖国みよ焼野原なり>
<復員しいま古里に斑雪(はだれ)みる 平和とうもののなんと尊し>
<「スパイの子」われ復員すむら人等 息をしつめてかいまみるがに>

極東軍事裁判

<戦陣訓垂れたる将の肥え太り その腹切れず囚われにけり>(東条英機のこと)
<囚われの将等は責任(せめ)を否みつつ 戦陣訓に背き縊らる>
<戦争の責任ぼかされて歪みゆく 時代(とき)の流れを正すすべなし>
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